乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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儺(おにやらい)

ムトーさんが鬼子母神の豆まきに行こうって、と玄関で電話を切った知人が言うので、
とりあえず豆まき前の腹ごしらえに池袋西武の屋上へゆく。
広い空の下のちっぽけな人々を見ながらうどんを食し、とことこと鬼子母神へ。

本堂の前、紅白の横断幕におおわれた高台が見える。高台を囲んでゆるい人垣が
すでにできている。人垣のうしろからムトーさんをさがす。ムトーさんいちばん前に
陣取ってそうだよね、でもいない。さまざまな色合いの後頭部をぼんやり見ながら立っていると、本堂のほうから往来座の瀬戸さんとムトーさんが曇天を背に連れ立って来た。

豆まきはなかなかはじまらない。
豆はまきませんでした、うちは落花生とチョコレートをまいてました、と知人が言う。
なんで、と尋ねるムトーさんに、子どもは豆、そんなに好きじゃないから。
そのやりとりを聞きながらやっぱりぼんやりと、そうかなあ、豆けっこう好きだったけど、と思う。
年の分だけ食べられるなら大人っていいな、と思っていた。

瀬戸さんの姿がいつのまにか見えない。あ、あそこに、と指さす先を見ると、
本堂の前で、なにやら談笑している姿が冬木の間から見える。
瀬戸さんの姿を見ていたら、背の方から人がずずいと割り込んでくる気配。
それを見たうしろの人が、全体的にじりじりと前のほうに寄ってくる。
紅白横断幕のうららかさとはかけ離れた、緊張感と殺気の高まりを肌で感じる。

ふっとふりむいた前のおにいさんが、こつがあるんだよ、と言う。
タオルを首にしっかりと巻き、手には豆入れ用らしきビニール袋を持っている。
毎年10個以上は確実に持って帰ると言う。
みんな敵だと思うことだ、なぎ倒してとる、とにやりと笑う。
どうもこの豆まきはわたしの知っているのどかな豆まきとは違うようだ。
それともこれが本当の節分なのか、鬼か、そうなのか。

やがて高台の上には年男年女、毎年来ているらしい著名人たちが並び、
豆が入っているふくらんだ茶封筒を持っている。豆はぽち袋に入っており、
中には小さな観音様が入っているものがあるのだとムトーさんが言う。
それはいいな、と思う。ぽち袋を開けて豆と一緒に観音様がでてきたら、うれしいだろう。

太鼓の音がひびいて、豆まきがはじまった。
曇り空へのびてゆくたくさんの腕、腕。色とりどりのぽち袋が空から降ってくる。ゆれる背中。
足の間に落ちてゆくぽち袋を指先でさぐりあてた、と思ったらだれかの手がさっと持っていく。
いくつかはショルダーバックの上に落ち、前の人のしゃがみこんだ頭の上に落ち、
それで手にとった。空中でキャッチできたのはたぶん三袋くらいだ。

三たび豆はまかれ、そのたび人々は口々に何かを言い合い福豆にむらがり、歓声をあげた。
知らない人の体温を感じた。肩で息をしながら、これはいいもんだと思った。
くりかえしくりかえされながら、そこで見知らぬひとたちがたえずゆきかい触れ合うことを、
知っているこの町がすきだなと、わたしははじめて言葉で思った。

帰り道、ぽち袋を空に透かして、観音様の姿をさがしたけれど見えなかった。
思いのほかたくさん取れたので、往来座と、夜に会った古書現世の向井さん、
立石書店の岡島さんに、福のおすそわけをした。
どうかほどよくよいことがありますよう。
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by mayukoism | 2009-02-04 00:45 | 生活