乃木繭子 本のある風景など。http://twitter.com/komayuko


by mayukoism
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雨と花

室外機をはじく、不規則なリズムでまだ降っているのだとわかる。
ときどき、水を含んだ車のタイヤ音が、マンションの下の坂道をくだっていく。
その音を聴くたび、空間に見えない定規で直線を引かれたような淡い感覚がのこる。
うたたねから覚めて、まだ雨が降っていると気づくとき、なぜか安心する。
うたたね後の世界が、うたたね前の世界のつづきであると、すこしは信じられる気がするから。


わたしはいま部屋にいるので、雨が降っている外の夜を想像する。
マンションの入口の植え込みに咲いていたピンクのマーガレットの群れは、
とうに盛りはすぎたが、まだ咲きのこしている。
たよりない茎を雨に揺らしながら、すこしずつうつむいていくあの花弁の部分は、
人間でいうと顔なのか、頭なのか、皮膚なのか、内臓なのか。


花の名前を言うとたまに、どこで覚えたの、と言われることがあるが、
たぶんそれほど知っているわけでもない。うっかり思いこんでいることもよくある。
こないだまで、雑司が谷霊園を囲うように蔓をまく植物は「トケイソウ」か、と思っていたが、
ある日、ふと足元に、「クレマチス」という小さな札が埋まっているのを見つけた。
なるほど、「トケイソウ」の長針と短針のような雄しべが見あたらないので、
たぶんあの植物は「クレマチス」なのだろう。


向田邦子をあげるまでもなく、「花の名前」にはどこか男女の微妙な距離感を
彷彿とさせる、エロティックなイメージがある。
男が女に花の名前をたずねる。女は知らないの?というような顔で、
これはラッパ水仙、これはコデマリ…と他愛のない優越感も隠さず、教えてやるのだ。
「花の名」も「樹木の名」も「星の名」も知らなくたって、わたしはわたしだと、
ふんぞりかえって言いたいような気もするけれど、名前を知ることは単純にうれしい。


「クレマチス」と思われる花にも、「マーガレット」にも、「紫陽花」にも、「サルビア」にも
いまおそらく雨が降っている。
自分の知っている花の名前をとなえながら眠れば、短い夜のつづきがちゃんとくるかもしれない。
知っている名前は、世界にいちおうの輪郭をつくってくれる。
まだ雨は降っている。音にうたれて、もういちど目をとじてみる。
うまく眠れますように。
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# by mayukoism | 2012-06-17 03:43 | 生活