空にパラフィン

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semスキン用のアイコン01 雨と花 semスキン用のアイコン02

  

2012年 06月 17日

室外機をはじく、不規則なリズムでまだ降っているのだとわかる。
ときどき、水を含んだ車のタイヤ音が、マンションの下の坂道をくだっていく。
その音を聴くたび、空間に見えない定規で直線を引かれたような淡い感覚がのこる。
うたたねから覚めて、まだ雨が降っていると気づくとき、なぜか安心する。
うたたね後の世界が、うたたね前の世界のつづきであると、すこしは信じられる気がするから。


わたしはいま部屋にいるので、雨が降っている外の夜を想像する。
マンションの入口の植え込みに咲いていたピンクのマーガレットの群れは、
とうに盛りはすぎたが、まだ咲きのこしている。
たよりない茎を雨に揺らしながら、すこしずつうつむいていくあの花弁の部分は、
人間でいうと顔なのか、頭なのか、皮膚なのか、内臓なのか。


花の名前を言うとたまに、どこで覚えたの、と言われることがあるが、
たぶんそれほど知っているわけでもない。うっかり思いこんでいることもよくある。
こないだまで、雑司が谷霊園を囲うように蔓をまく植物は「トケイソウ」か、と思っていたが、
ある日、ふと足元に、「クレマチス」という小さな札が埋まっているのを見つけた。
なるほど、「トケイソウ」の長針と短針のような雄しべが見あたらないので、
たぶんあの植物は「クレマチス」なのだろう。


向田邦子をあげるまでもなく、「花の名前」にはどこか男女の微妙な距離感を
彷彿とさせる、エロティックなイメージがある。
男が女に花の名前をたずねる。女は知らないの?というような顔で、
これはラッパ水仙、これはコデマリ…と他愛のない優越感も隠さず、教えてやるのだ。
「花の名」も「樹木の名」も「星の名」も知らなくたって、わたしはわたしだと、
ふんぞりかえって言いたいような気もするけれど、名前を知ることは単純にうれしい。


「クレマチス」と思われる花にも、「マーガレット」にも、「紫陽花」にも、「サルビア」にも
いまおそらく雨が降っている。
自分の知っている花の名前をとなえながら眠れば、短い夜のつづきがちゃんとくるかもしれない。
知っている名前は、世界にいちおうの輪郭をつくってくれる。
まだ雨は降っている。音にうたれて、もういちど目をとじてみる。
うまく眠れますように。
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# by mayukoism | 2012-06-17 03:43 | 生活